世話の焼けるって感じがイイ

駅のホームに一人のランドセルを背負った女の子がいた。

女の子の右肩には黄色い「小学一年生マーク」が付いており、ランドセルはその小さな背中が丸ごと隠れるくらいに大きかった。
女の子は大きすぎる自分のランドセルを背負いながら、なおかつ両腕で大きな荷物を大事そうに抱えながらよっこらよっこら歩いていた。

何かと思えばそれはもう一つのランドセルなのだった。

さて、罰ゲームか何かかしら?などと微笑ましく思っていると、前方を猛ダッシュしていく男の子の姿が見えた。
男の子はひとしきり遠くの方まで走り抜けると、女の子の近くまで戻ってきて思い立ったように腰をふったりジャンプしたり自由奔放に振舞っていた。

多分、もう一つのランドセルの持ち主はあの男の子だ。

女の子があまりにヨレヨレなので気の毒になっていると、女の子が叫んだ。
「ちょっとコウタロウくん!」
見かけはヨレヨレだがその声は力強く、はっきりとした意思を感じさせるものだった。

そうだ、少女よ、コウタロウにランドセルを自分で持たせろ!
私は心のなか、女の子にエールを送った。

しかし、次に女の子はこう叫んだ。

「黄色い線の内側に下がりなよ!」

おいおい!!
コウタロウにランドセルを持たせるために呼びとめたんじゃないのかよ!
いいの?このままヨレヨレになりながら、あなたはどこまでもいくわけ?

一方のコウタロウはといえば、人にランドセルを持たせることも、
黄色い線の内側に下がることもお構いなしといった風情で、駅のホームを縦横無尽に駆け回っている。
私がやきもきしていると、後ろから二人の付き添いと思われるおばあちゃんがやってきて、女の子に話しかけた。

「リカちゃん、コウタロウくんにランドセル自分で持ってもらったら?」

おばあちゃん、ナイス!そうそう、是非ともそうすべきなのよ!
コウタロウは両手を広げて、ひょっとこみたいな顔で黄色い線の上を歩きながら、下品な単語を叫ぶなどして相変わらず絶好調。
その時、リカちゃんがおばあちゃんの言葉には返事をしないまま叫んだ。

「コウタロウくん、そんな言葉、使っちゃいけないんだよ!」

そうじゃなくてさ!あなたはコウタロウに利用されてちゃいけないの!
今すぐそのランドセルをコウタロウにもたせてあなたも自由になって、もし望むのなら下品な言葉を叫んだっていいのよ!
と、ここまで考えて、しかし通り過ぎるときに垣間見えたリカちゃんの満足そうなその表情・・・。
なーんだ、間違っていたのは私の方だったんだと気付いた。
りかちゃんは全然嫌そうではなかった。
むしろ、「まったく、コウタロウったら私がいないとだめなんだから〜」みたいな充実感を醸し出していて、とても満足そうだったのである。
リカちゃんからコウタロウの世話を奪う必要など、どこにもないのかもしれない。
コウタロウに迷惑をかけられ、それを受け入れることによって自尊感情を高めているのかもしれず、だとすればあのランドセルをコウタロウ自身に持たせることは、リカちゃんの中に一つの空洞をもたらすことになるだろう。
お世話好きな私、コウタロウのために頑張る私、すべてを受け入れる私。
そのアイデンティティがリカちゃんをリカちゃんたらしめているのかもしれないのだから。

そういえば、と職場の美しい女性上司のことを思い出した。
机の上にパンダのぬいぐるみを置いていた彼女は、イマイチ座りの悪いそのパンダがころんと寝転ぶたびに、うれしそうに言ったものだ。
「この世話が焼けるって感じが、イイ」と。
彼女は元夫の傍若無人ぶりにもめげず献身し続けたのだが、ついにその努力も限界に達し離婚するに至ったということである。
私はリカちゃんの応援を止め、ホームに滑り込んだ急行電車にのった。
各駅停車を待つらしいコウタロウ、リカちゃん、おばあちゃんはベンチに座って楽しそうにおしゃべりしていた。
ドアがしまり電車が出発する。私は3人の姿を見えなくなるまでずっと見つめていた。 リカちゃんがどうかダメ男以外に自尊心の在り処をみつけられますように。
日本のすべての女の子が、幸せになりますようにと願いながら。